イギリスとの関係からみるマレーシア<前編>

マレーシアで2回目の独立記念シーズンを迎えました。

”シーズン”というのは、8月31日の独立記念日と、9月16日のマレーシアデーがあるから。

詳しくは昨年書いてみました。

backrole.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

昨年はロックダウンでお祝いムードはあまりなかったのですが、

今年は独立を宣言したムルデカ広場でのパレードなども復活。

特に2年ぶりということもあり気合が入っているようで、

夜通し並んでパレードを見ようという人たちなどで、ムルデカ広場周辺はごった返していたようでした。

私はゆっくり自宅コンドから、軍隊のエアショーを楽しみました。

 

この時期、マレーシアではとにかく国旗がいろんなところに飾られているのですが、

巨大なものも多いので、デカい国旗を巡る散策にトライしてみました~。

 
 
 
 
 
View this post on Instagram
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

A post shared by mia_my2021 (@mia_my2021)

 

そして、この独立記念シーズンに飛び込んできたのが、

エリザベス女王(2世)が亡くなったというニュース。

エリザベス女王が即位したのが1952年、マレーシアがイギリス領から独立したのが1957年なので、

エリザベス女王大英帝国の終焉の象徴といわれるのもうなずけます。

改めて調べてみると、エリザベス女王がマレーシアを訪れたのは1972、1989、1998年の3回。

日本は1回なので、やはり独立後も関係が深かったことがうかがえます。

そもそも、マレーシアは現在もイギリス連邦の一員。

イギリス連邦の正式名は「Commonwealth of Nations」、略称「コモンウェルス」で、
必ずしも英国王を元首とする必要はなく、現在は旧植民地など計54カ国が加盟しているそうです。

コモンウェルスのオリンピックにあたる「コモンウェルスゲームズ」もちょうど先月開かれていました。

イギリス連邦は総人口24億人超で全世界約77億人のほぼ3分の1。

GDPは11兆ドル超で、アメリカ(約21兆ドル)、EU(約18兆ドル、イギリスを含む)、

中国(約15兆ドル)に次ぐ巨大市場(いずれも2020年)。

イギリスがEUの脱退を決断できたのは、こうした独自のネットワークの存在もあったようです。

特に安全保障に関しては近年、「5カ国防衛取極」(英、豪、ニュージーランド

マレーシア、シンガポールの5カ国が加盟する軍事同盟)の活動を活発化しているそうです。

こんな記事も見つけました。

www.bbc.com

 

 

 

 

 

この記事にもありますが、マレーシアの政治に長年影響を及ぼしてきたマハティール氏は、

イギリスで教育を受けなかった最初の指導者だったことが、

日本などアジアに学ぼうという「ルックイースト」戦略を打ち出した背景にあるようです。

 

普段の生活では、マレーシアの英語はイギリス英語なので、

グランドフロア、1階(実質2階)……、

持ち帰り=take away(アメリカだとtake out)だったり、

イギリスとの関係を感じることは多かったのですが、

改めて歴史的にも振り返るいい機会になりました。

 

 

マレーシアで初ラマダン&ハリラヤ <後編>               ~オープンハウスでヒジャブ体験

ラマダンが終わり、ハリラヤ・プアサになると、親族訪問が始まります。

「オープンハウス」といって、親族に限らず、いろんな人が家を訪問し合う文化があるんだとか。

ということで、こんなイベントに参加してきました。

私が書くより、講師になってくださった方のレポをご紹介します~。

malaysiacinta.net

 

 

 

 

 

 

上記のブログでも紹介されていましたが、当日参加されていた人気Youtuberのアリサさんの

動画もあるのでご覧くださ~い。

youtu.be

 

 

 

アリサさんは時々日本のテレビなどでも、

マレーシアのこと紹介されているので、

ぜひチェックしてみてくださいね~。

 

 

 

 

この日、ナオコさんは参加者全員に違うヒジャブの巻き方をしてくださっていたのですが、

私はこんな感じで、スカートにもなんとなく合った雰囲気にしていただきました~。

いろんな巻き方はYoutubeなどで研究されているそうです。

 

街でもミーシャのようなターバン風に巻いている人とか、いろんなおしゃれさんを見かけます。

マスクもヒジャブ用に、ゴムを頭全体にかけるように

なっているのを売っていて、うっかり間違って買うと、

大変なんですよね~。

かぶった感想は、やはりやっぱちょっと暑かった~。

ムスリムの女性たちは運動する時も、プールの中でも

いつもかぶっていて、ホントすごいと思います。

 

 

ハムザさんが作ってくださったお料理もホントおいしかった!
そして、ナオコさんとハムザさんがとってもいいご夫婦なんです!

お二人はいわゆるペアルックではないものの、色系統は同じものでそろえたりされているそうです。

ムスリムの方と結婚するためには、パートナーも改宗する必要があるわけで、

いろいろ大変なんこともあったんじゃないかと想像しますが、

ナオコさんのツイッターから、マレーやムスリムの文化のこといつも勉強させてもらっています。

(そういえば、ラマダン中はキスやセックスもNGと知ったのも、ナオコさんのツイートだったw)

 

この後、ローカルの友達のお宅のオープンハウスにうかがう機会もあったのですが、

そんな話はまた別の機会に~。

来年はヒジャブだけでなく、伝統的な衣装バジュクルンにも挑戦してみたいな~、と思っています。

マレーシアで初ラマダン&ハリラヤ <中編>               ~ラマダン・バザール

前回にも触れた、ラマダン中の食べ物について。

ラマダン中、各地で見かけるようになるのがラマダン・バザールです。

日中食事ができない≒日が出ていない間は食事をしてよい、ということなので、

夜しっかり食べて、ラマダン中の方が太るという人もいるらしいです。

 

マレーシアの渋谷と呼ばれている、ブキッビンタン

交差点付近にも、バザール=市場ができていました。

奥に小さくいくつか見えている青いテントがそうです。

ブキッビンタンのバザールはかなり小規模なもの。

ほかにもバザールに行ったのですが、実は5月上旬にスマホを落としてしまい、その頃の写真がうまくバックアップできておらず、こんな写真しかなかったw

この交差点の写真は、マック前の横断歩道がマックのポテトになり、話題になっていた時に撮影したもので、

バザールより横断歩道の写真になっちゃってる次第w

 

ラマダン・バザールの営業時間は?

このラマダン・バザール、夜市みたいなもので、みんな日没後に繰り出すのかと思いきや、

だいたい4時ぐらいにオープンして、8時ぐらいに閉まってしまいます。

要は、その場で食べるのではなく、買って帰って家で食べるのだそうです。

というのも、どうやらイスラム教のお祈り時間と関係あるようで、

一日5回、夜明け前、正午、午後、日没後、就寝前、お祈りをするそうなのですが、

日没後というのが、マレーシアではだいたい7時~7時半前後。

就寝前というのが、本来8時半ぐらいのようなのです。

正確な時間は、太陽の動きによって日々変わりますが、

この時間帯には街中のモスクからアザーンと呼ばれる独特の音声が流されます。

毎日、きっちりこの時間にやってるわけではなく、

忙しい日は時間をずらしたり、日没後と就寝前などをまとめてやったりするそうなのですが、

ラマダン中は普段以上にお祈りをていねいに行ったりするので、

社会人は仕事が終わって帰宅してから慌ただしくなるため、

バザールで買ってきたもので済ませるんだとか。

 

ラマダン・バザールって売ってるもの

バザールではどんなものを売っているのか。

私はローカルのお友だちに、TTDIというところの比較的大きいバザールに連れて行ってもらいました。

屋台がたくさん出ていて、辺り一帯に美味しそうなにおい~。

昨年はコロナの影響で、バザールが制限されていた分、

今年は特にすごい人でにぎわっていると聞いていましたが、

私たちが出かけたのがラマダン終了に近い日だったので、

中にはハリラヤに備え早めに田舎に帰省する人もいるとかで、

そんなに混み合ってはいませんでした。

どんな雰囲気か動画も撮っていたのだけど、ケータイ紛失でなくしてしまいました(泣)

でも、買って帰ったものをご紹介しましょう!

必ずしもこの時期にしか買えないものというわけでは

ないようですが、伝統的なマレーシア料理だったり、

屋台では定番のものだそうです。

 

sata(サタ) 一番手前の三角のもの

トレンガヌ地方というところの伝統的な食べ物で、

魚のすり身をバナナなどの葉で包んで焼いたもの

otak otak(オタオタ) 細長い竹の包み

これも魚のすり身を葉に包んで焼いたものですが、

赤色で、ピリ辛なのが特徴

 

kuih sagu(クエサグ) 真ん中のお皿の赤いもの

タピオカ粉とローズシロップを煮て、冷やし固めたものに、

ココナッツの粉をまぶしたお菓子。厳密にはタピオカ粉ではなく、

ゴヤシの幹からとった、白色の米粒状のでんぷん「sago」を使うようです。

ちょっとプチプチした食感があることから、私の友だちの家では「魚の卵」と呼んでいたんだとか。

onde onde(オンデオンデ) 真ん中のお皿のクエサグの横の緑のもの

もち米粉で作ったお餅の中に、黒蜜を入れてゆで、ココナッツの粉をまぶしてあります。

緑色をしているのは、パンダンという葉の汁を加えているからです。

kuih bakar(クエバカー 一番奥のお皿の左側

この写真では少しわかりにくいけれど、花のような形をしています。

kuihというのがマレー語でお菓子のこと。クィとも発音するようです。

ココナッツミルクをたっぷり入れて蒸し焼きした?ような、重みのある感じの焼き菓子です。

これもパンダンが入っていて、少し緑色をしています。

murtabak(ムルタバ) 一番奥のお皿の右側

マレーシアのお好み焼きともいわれ、牛や鶏などのお肉と玉ねぎを炒めたものを

生地に置き、四角く折りたたむように仕上げたもの。

赤い玉ねぎの酢漬けと一緒に食べたりするようです。

tepung pelita(タプンプリタ) 右側の奥から二つ目の白いもの

バナナリーフの葉で作った容器に入った、ココナッツミルクのプリン。

上は白ですが実は二層になっていて、下はパンダンリーフで緑に着色されています。

優しい味で、一緒に行った友人は大好きならしく、

最初別の屋台で買っていたにもかかわらず、「こっちのメーカーの方が絶対おいしいはず」と

別の屋台の列に新たに並んでまで買って帰り、食べ比べてみたら、

確かに彼女のオススメの屋台の方がおいしかった~。

popia basah(ポピアバサ) 右一番奥のロール状のもの

単に「ポピア」ということも多いようで、マレーシア版生春巻きと呼ばれることもあるようです。

ベトナムの生春巻きというより、薄餅といった方が近い気がします。

野菜を巻いて、やや甘めのソースをかけて食べます。

 

甘いものが多めですが、ラマダン中は長時間の断食で胃腸が弱りがちなので、

甘いものから食事をスタートさせるのが定番なんだそうです。

(※紹介していない真ん中のお皿の両脇は、おまけでもらったりしたもの)

買ってきたのはごく一部なので、毎年いろいろ試してみたいです。

 

余談:お祈りと夜遊び?!

普段でも、ムスリムの子と夜出かける約束をすると、

お祈りの時間の関係で、夜8時ぐらいを指定されることもあります。

最初は暑い国だから仕事の後、シャワーをあびるのかな、と思ったりしてましたが、

仲良くなるにつれ、私が日本人だから遠慮したようですが、お祈りの関係なんだとわかってきました。

特に女性はお祈りの時は一度メイクもオフしないといけないので、いろいろ大変なようです。

ムスリムの人はお酒を飲むのもNGなので、男性だとシーシャ=水たばこをみんなで楽しんだり、

そのぐらいの時間から深夜までバドミントンやサッカーをしたり、

女性だとカフェ・ホッピングといってカフェのはしごを楽しんだりするみたいです。

また、アザーンについて、今の私の家はモスクが近くになくあまり聞こえないのですが、

うちに遊びに来たムスリムの子はYoutubeライブ配信を利用していました。

その場でお祈りをしなくても、聞くと安らぐみたいで、なるほど~と思いました。

マレーシアで初ラマダン&ハリラヤ <4・5月の振り返り・前編>

イスラム教がメインの国に来て、初めてのラマダン&ハリラヤ。
興味深々で、とりあえず私もラマダン入りから約2週間の断食に挑戦しました。

断食といっても、日が昇っている間だけなので、たいして大変ではない!

というのが私の感想です。

こちらは日の出が7時前後で、そんなに長時間断食しないといけないわけではないのです。

ダイエットのfastingと思えば、そんなに苦行でもない気がします。

ただ、こちらのムスリムの人は水分も摂取しないのですが、

暑い国だけに水分は取らないと、熱中症になったり体に良くないのではと思い、

私はお腹がすいたら水を飲んでごまかしてました~。

こちらの人には「水もがまんできないのか」とちょっとバカにされ気味でしたが、

ラマダン中でも水分摂らず運動してたり、その方が信じられませんw

 

ラマダンはいつから?

ラマダンはイスラム暦の9月の1カ月行われるのですが、

イスラム暦は月の満ち欠けによって決まる太陰暦なので、

太陽暦とは1年ごとに11日ぐらいずれているため、

私たちからみるとラマダンの時期は毎年変わることになります。

今年の場合は4月3日が始まりでしたが、

これ、日本のように日の長さが夏と冬で違う国だとラマダンがどの季節にあるかで、

断食しなければいけない時間の長さが変わってくるわけです。

来年からしばらく日本的には冬のラマダンになるようなので、良かった!

もちろん場所によっても、日の長さは違うので、

北欧で白夜の期間とラマダンの時期が重なったりしたら大変ですね~。

 

ラマダン明けはいつ?

では、ラマダンが終わるのはいつか?

実はこれについて、今年は珍事がありました!

もともとカレンダーでは「5月3日」となっていて、祝日になっていたのですが、

新月が一日早く見えてしまったとかで、

5月1日の夜8時過ぎに「5月2日からラマダン明け」と宣言され、みな大パニック。

現代の技術で月の観測をしていて新月が見える日が予測からずれることなんてある⁈

というのが、私からすると大疑問なのですが、30年前の1982年にも一度あったんだとか。

そして、なぜみんなパニックになるかというと、

要はおせち料理などお正月の準備は大晦日の31日にしようと思っていたのに、

30日の夜8時から翌朝までに準備を終わらせないといけなくなったといえばわかるでしょうか。

 

ラマダン明けのお祝いの料理については後日また詳しく書きますが、中でもKetupat(クトゥパッ)という、

椰子の葉をひし形に編んだ中にお米を詰めて茹でた

ものは、数十個単位で作らなければいけないらしく、「今日は徹夜だ」とみんな大慌てのようでした~。

 

 

 

ラマダン明け=ハリラヤ?!

私はこちらに来るまで、ハリラヤ=ラマダン明け、と理解していたのですが、

こちらでは、ラマダン明けのお祝いのことは通常「ハリラヤ・プアサ」と呼ばれます。

Hari=日、Raya=偉大な、Puasa=断食、という意味だそうで、

イスラム教(アラビア語)的にHari Raya Aidilfitri(ハリラヤ・アイディルフィトリ)ともいいます。

実はラマダン終了後、約2カ月後に「ハリラヤ・ハジ」というお祭りもあり

これは世界中の信者が聖地・メッカに巡礼をする月の最終日を祝う日。

ヤギやウシなどの動物の肉を捧げたりすることから、

聖地巡礼祭」または「犠牲祭」とも呼ばれるそうで、ハリラヤを使い分ける必要があるそうです。

 

ラマダン中の食べ物

■デーツ

この時期、欠かせないのがデーツです。

ナツメヤシともいい、最近は日本でも割と見かけるようになりましたが、

デーツといってもいろいろ種類があるようです。

どの種類がおいしいのかマレーの人に聞いてみると、人によっても好みがいろいろ分かれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本でもダイエット中に良いと注目されているデーツですが、

デーツについてもっと詳しく知りたい方は、こんな記事がオススメです。

kura-kura.net

 

 

 

 

 

今住んでいるところの近所にはデーツ専門店もあり、

ナッツをはさんだり、チョコレートでコーティングしたものなども売っており、

お酒のおつまみに合いそうなものなど、いろいろ奥が深く、

デーツもいろいろ試してみたいと思っています。

 

そのほか、断食のラマダン中や、終わってハリラヤ・プアサならではの

食べ物の楽しみ方がいろいろあるので、また次回に続く~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マレーシアで再転職!<後編>

マレーシアで再転職の最終回は、

ずばり 海外転職成功への道 です。

 

ポイント1 LinkedIn

マレーシアでの転職に向け、まず動き始めたのがLinkedInの整備でした。
ビジネスSNSとして約20年ほどのサービス実績があるLinkedInですが、

日本で活用しているという人はあまり聞かない気がします。

私もずいぶん前に日本で登録したものの、ほとんど活用していませんでした。

でも、やはり海外では有効というアドバイスを受け、

これを機に、日本語アカウントは別に、海外用に英文アカウントを作成。

英文履歴書の見直しと並行して、とりあえずLinkedInのプロフィールを入力。

自己紹介の項目は、最初どんなことを書いたらいいのかよくわからなかったので、

上手に書いている人のを見て参考にさせてもらったり、

企業の採用情報をみて、こんな人材を求めているというキーワードを適当にアレンジしたりしました。

完成すると、いくつかメッセージをもらい、仕事を紹介してもらいました。

中には、ギリシャやマルタから、日本人でカスタマーサポートで働いてくれる人を探している、

という連絡もあり、いっそそれもいいかも?! 世界中を転々としながら働くも夢じゃない?!

と考えたりもしたのですが、その辺まで行くと、日本との距離や時差があるため、

働く環境としてマレーシアより大変になるかも、という気がして、

まずはマレーシアでの職探しを優先~、となりました。

 

(注)調べてもあまり情報が出てこなかったのですが、

ギリシャ、マルタの辺って経済的に厳しく、産業もなりたちにくいので、

BPOアウトソーシング企業)のような産業を、国も誘致しているのかもしれません。

私が見たのは、株の取引き関係や、ゲームなどのIT系の業種で、

時差を利用して深夜のカスタマーサポートを請け負ったりしているのかもしれません。

 

ポイント2 日系エージェント But……

マレーシアはBPOが多いからか、日本人向けに仕事を紹介してくれる会社も複数あります。

多くの人が利用していて、私も友人の紹介でいくつか連絡をとってみたのですが、

私には全く使えませんでした。

結論としては、

50歳以上は日系エージェントは当てにするな!

というのも、私のコンタクトへの返信にはこう書かれていました

「 現在、弊社で扱っている求人は45歳くらいまでの方が対象で、

た50歳以上ですとマレーシアでのVISAの取得が難しくなる為、

大変残念ではございますが、弊社からのサポートが難しくなります。」

正直、腹がたちました。年齢差別じゃないか、と。

1社だけでなく、同様のことは複数の会社から言われました。

こうした年齢制限のようなものは現実には根強くあるとは思いますが、

日本では一応、年齢を理由に断ることは法律で禁止されているはずで、

なかなかここまで堂々と言われることはない気がします。

また、Linkedinにも自分の年齢は入れていますが、

先ほども書いたようにメッセージは複数受け取っていました。

実際、この連絡を送った際には、すでにLinkedIn経由で内定を一ついただいており、

この送信主のエージェントには

「入れ違いで内定をいただいたので、私からお断りの連絡をしようと思っていたところでした」と

ブチギレ気味の返信をしておきましたよ、はい。

 

では実際、私はどのように内定をもらうに至ったかというと、

LinkedInで見かけ興味を持った、日本語で書かれた求人に応募

日本人リクルーターの方から連絡があり、面談

英語の試験

英語での面接

内定

と、比較的スムーズに進んだのですが、やはりこれはかなりラッキーで、

周りの40代後半以上は苦戦した人が多いのは、確かです。

 

ポイント3 英語力

結局、内定をもらえるかどうかのカギは、ずばり英語力です。

やはりマレーシアでの日本人向けの求人はカスタマーサポートが多く、

実際の業務は日本語で行うことがほとんどなのですが、

クライアント(業務委託主)からの指示などは英語というケースもあり、

英語能力が問われることが多いようです。

私も英語で面接はありましたが、仕事自体は日本向けで、日本語です。

私自身、外国語学部だった大学卒業後は、ほとんど英語を使う機会はなく、英語力はボロボロ。

今回、学生時代に受けたTOEICの点数をさすがに書くわけにはいかなかったものの、

学生時代に英検準1級を取っていたので、それは履歴書にとりあえず書いたことで、

まだ救われたのかもしれません。

またこの1年で、多少は昔の感が取り戻せてきたかな~。

あと、英語が苦手だと、せっかくLinkedInでメッセージをもらっても、

そこからのやり取りができず、チャンスを逃すことにもなりかねないので、やはり英語が大事。

特に年齢高い方は注意が必要になるのかもしれません。

 

内定をもらってからも、VISAの切り替えに向け、

転職先からのoffer letterをもとに、元の会社からrelease letterをもらったり、

税務署でtax clearanceをしたりと、手続きが複雑で戸惑うことだらけだったのですが、

無事7月31日に最終勤務日を迎え、

8月29日から新しいところで働き始める予定です。

 

 

 

最終勤務日に、勝手に「マレーシアのグリコ」と呼んでいた、元勤務先のエントランスにあった謎オブジェと。

マレーシアで再転職!<中編>

私個人のマレーシアでの転職活動について書く前に、

改めて1年マレーシアに住んでみての感想を交えつつ、

日本人の職事情などについて触れておきます。

 

クアラルンプールは本当に日本人が暮らしやすい街?

改めて調べてみると(2022年海外在留邦人数調査統計)、

マレーシアの首都クアラルンプールに住んでいる日本人は約1万5千人で、

世界的にみて日本人が多く住む都市として15番目だそうです。

お隣のタイ・バンコクが6万人に迫る勢いで、世界でも2番目に多いのに比べると、

少ない感じはしますが、人口比にするとバンコクが567万人、クアラルンプールが177万なので、

日本人の割合的には大差ないのかも、と想像しています。

バンコクに行ったことないので、なんの根拠もありませんがw)

 

お店でいえば、イオンは地元の人からも愛されていますし、

無印良品ユニクロダイソーはどこのモールにもあり、

最近はドンキ、ららぽーとニトリ、蔦屋書店、業務スーパーなども進出し、

日本のものもおおむね簡単に手に入れることができます。

また、マレーシアと聞くと暑い国をイメージされがちで、確かに日差しはキツいのですが、

体感的には日本の夏より、よっぽど涼しいです。

マレーシアに来るまで、旅行で来たこともなければ、興味もなかったぐらいの国でしたが、

本当に暮らしやすくて気に入っています。

デメリットをあえていえば、日本のような四季がないくらいかなぁ。

 

マレーシアで働く!

マレーシアで働く日本人は、主に企業から派遣されている、いわゆる駐在の人、

あとは私のように現地のBPOといわれる企業に採用されている人、

さらに自営業の人に大きく分けられるように思います。

そのほかには、留学関係、最近では特に母子留学といわれるお子さんの教育メインの人、

老後移住の人などで構成されるでしょうか。

それぞれコミュニティーが違うからか、他のコミュニティーの人と知り合う機会は少ないように思います。

海外で就職、海外へ転職、などというと若い人をイメージする人が多いかもしれませんが、

私の周りは40代以上の女性が多い印象でした。

特に私のいた職場は英語不要だったこともあり、そういう感じの人が来やすかったのかもしれません。

 

BPO≒カスタマーサポートを請け負っている会社と思ってもらってもいいと思いますが、

業種的にはだいたい旅行系、Eコマース系、IT系、金融系などがあります。

この数年、特にコロナの影響を受けたのが、旅行系とフードデリバリー系でした。

私も具体的にはフードデリバリーサービスのカスタマーサポートの仕事をしており、

私が就職した2020年はコロナの影響で急成長していたので、多くの人を採用していました。

もともと私がその会社を見つけたのは、普通にdodaの転職サイトだったのですが、

海外転職に強い転職サイト経由で応募した人の方が多数派のようでした。
VISAサポートはもちろん、マレーシアへの片道航空代、渡航直後の滞在先としての寮

などを用意してくれているBPOも多くあります。

 

普通、カスタマサポートというと、コールセンターが主流で、

日本からの電話をマレーシアで受けるわけですが、

マレーシアの人に説明しても、自国にそんな仕事があると、なかなか理解してもらえないことも。

コールセンターはシフト制だったり、怒りの電話を多く受けるなど、

職場環境として必ずしもいいわけではないようにいわれますが、

最近は比較的チャットなどの対応割合を増やしている会社も増えているように思います。

特に私の場合、カスタマー(顧客)と直接のやり取りのない、書類審査をする部署の配属。

さらに9-18時の固定勤務という、かなり恵まれた環境でした。

今年に入っていつクビを言い渡されてもおかしくないという空気が社内に漂い始めたころ、

クビになる前に、自ら転職した方が良い条件で転職できるかもと考えたりもしたのですが、

この恵まれた環境が転職先で得られる確率は少ないかも、と

クビになる最後までこのまま働き続けようと、覚悟は決めていました。

その代わり、Xデーに備えて準備だけは、この半年少しずつ進めてはいました。

 

解雇通告を受けてからの転職活動については、また後編で~。

マレーシアで再転職!<前編>

早いもので、2022年もはや8月。

前回ブログを更新してから半年近くがたってしまいました。スミマセン。

ちょっと言い訳すると、この半年いろいろあったんです。

引っ越しトラブルのバタバタに、スマホの紛失、人間関係のトラブルなど、

マレーシアに来て約1年で、私にしてはかなり凹みがちなことが続いたこともあり、

5月には日本に1カ月ほど一時帰国し、英気を養ってマレーシアに戻ってきた次第。

 

実は、その5月の一時帰国直前に飛び込んできたのが、解雇通告!でした。

でも、ある程度、覚悟はしていたんです。

というのも、昨年末から社内のいくつかのチームが次々にクローズ→解雇

という流れがすでにあったから。

昨年の8月末にあった社内のゴタゴタについてはすでに書きましたが

backrole.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

あれから1年。会社が崩壊していくとはこういうことか、と実感しました。

いや、正確には会社(BPO)は今後も存続していくのですが、

日本人が関わっていたプロジェクトが終了となり、全日本人社員が解雇を言い渡されたのです。

BPOによっては、さまざまなプロジェクトを抱えているので、

一つのプロジェクトが終了になっても、ほかのプロジェクトに移るケースなどもあるのですが、

私の勤めていたBPOは、一つのプロジェクトしか請け負ってなかったので、

プロジェクト終了、即解雇となったわけです。

 

マレーシアに来るきっかけとなった会社に転職して2年、

実際にマレーシアに来て約1年で、再転職を余儀なくされるとは、思いもしませんでした。

中には日本に戻るという決断をした人もいますが、

私の場合はマレーシアで暮らして1年、しかもコロナの影響でまだまだ旅行などにも

行ってみたいということで、マレーシア国内での転職に向け就活をスタート。

一時帰国している場合か?!とも思ったのですが、

いまやオンライン面接は当たり前なので思い切って帰国。

たまたま長男も転職活動中で、親子で励まし合った次第でした。

具体的な話は次回に続く~。